


アジ プロジェクトAJI PROJECT新たな価値を創造する
暮らしに寄り添う
庵治石プロダクト
日本三大石材産地のひとつ、香川県高松市に拠点を構える株式会社 蒼島が手がける「AJI PROJECT」。世界的にも最高級とされる「庵治石」を、人々の暮らしの中へ。1000年を超える歴史の中で石工職人に受け継がれ磨かれてきた技術と、デザイナーの感性を融合させ、新たな生命を吹き込んだ唯一無二の石のプロダクトを発信する。
空間が静かに整う、暮らしに寄り添うプロダクト。
困った、格好いい。格好よすぎる。いくつかの商品をWEBで最初に見たとき、そう思った。洗練されたミニマルな空間には似合っても、我が家はどうだろう…。そんな、少しだけ身構えた気持ちは、「AJI PROJECT」を手がける株式会社 蒼島(あおいしま)のショールームに入るとすぐに解消された。

そこに並んでいたのは、職人の手によって生み出された、石とは思えないほど繊細な曲線や直線をまとったプロダクトの数々。そうかと思えば、岩山のようなゴツゴツとした表情や独特で美しい「まだら模様」を宿したものも。
驚いたのは、硬質なのに冷たくない、静かなのにどこかやわらかな気配をたたえていること。格好いいだけでなく、ひとつ置くだけで空間がすっと整っていくような不思議な存在感がある。
これらは、花器やストッパー、ブックエンドなど、ちゃんと暮らしの中で使われることを前提としている。その実用性も、最初の印象とは裏腹にすっと受け入れられた理由のひとつかもしれない。

花崗岩のダイヤモンド「庵治石」
ショールームが位置するのは、香川県高松市・五剣山の麓にひろがる牟礼町・庵治町エリア。ここは茨城県真壁町、愛知県岡崎市と並ぶ日本の三大石材産地のひとつとして知られる。
「AJI PROJECT」の原材料となる「庵治石」は、非常にきめ細かな粒子と高い結合力を持ち、水分を吸収しにくいため、欠けや風化に強いとされる石材。“斑(ふ)が浮く”と表現されるまだら模様の美しさは世界的に高く評価され、「花崗岩のダイヤモンド」の異名を持つ。そう教えてくれたのは、「AJI PROJECT」を率いる蒼島の代表、二宮力(ちから)さん。「高級墓石材としての知名度は高い一方で、石材業界以外ではまだまだ、その価値が知られていない」と話す。


「庵治石」を人々の暮らしの中へ
少なくとも1000年にわたる採石の歴史を持つ「庵治石」。ここ五剣山の麓には自然と職人が集まり、採石・切削・研磨・造形・字彫り、運搬にいたるまでを分業で担った。町全体がひとつの工場のように機能し、高度な加工技術が培われてきたという。
しかし、時代の流れとともに墓石需要は減少、職人の高齢化や廃業も重なり、産地は大きな転換期を迎えていた。
近年では「墓石になるかどうか」で石の価値がつけられ、多くの「庵治石」が端材となり、埋め立て用の材料として海の底などに沈められているのだとか。
「それって、人間が勝手に決めた基準でしかない」と二宮さんは続ける。本来、どの用途であっても「庵治石」そのものの品質に変わりはない。先人たちが築き受け継いできた職人の技術もしかり。だからこそ、これらを途絶えさせるわけにはいかない。
そんな思いから始まったのが「AJI PROJECT」だった。
2012年に地元の商工会を中心に、13人の石工職人が集まりプロジェクトが発足。

「庵治石」に新たな価値を与え、暮らしの中で使われるプロダクトとして届け直そうと挑戦がはじまった。
しかし産地の魅力発信を優先し価格を抑えたことで、「作るほど赤字」という厳しい状況にも直面。2015年には商工会の手を離れ、2019年に補助金が打ち切られ、13人いた職人は8人に減り、プロジェクトは存続の危機を迎える。
いよいよ空中分解の様相を呈してきた段階で、「ちょっと待てよ」と二宮さん。
「これだけ予算をかけてもらったのに、このまま終わるのは、あまりにも無責任すぎる。俺がやってやる!」と、職人への未払い金や負債ごと事業を引き継ぐ覚悟を決める。
餅は餅屋、「デザイナー」を分業制の枠へ
2021年3月31日、蒼島を立ち上げ「AJI PROJECT」は再始動した。
「基本的に『餅は餅屋』なんです、我々は石工職人なんですよ」。商工会主導で活動していた9年間を通して二宮さんが痛感したのは、良いものを作るだけでは届かないという現実。分業制の枠の中に「デザイナー」という職人を、新たに迎え入れる必要があった。
そこで声をかけたのが、「AJI PROJECT」の立ち上げ初期を共にしたプロダクトデザイナーのイトウケンジ氏。当時は駆け出しだった彼も国内外で評価される存在になっていたが、「このままプロジェクトを終わらせてはいけない」と快諾。二人三脚での紆余曲折のストーリーへと続いていく。

まず取り組んだのは、200点以上にまで増えていたプロダクトの整理。コンセプトに立ち返り本当に必要なものだけを残し、さらに不自然に安価な価格も見直し適正価格へ戻した。結果、一時は40軒あった取引先は3軒まで減少したという。それでも信念が揺らぐことはなかった。

やがてイトウ氏のつながりから、スイス出身のプロダクトデザイナー、ダヴィッド・グレットリたちとの輪が広がり、現在では10名を超えるクリエイターが携わるプロジェクトへと成長している。
石という素材に惹かれながら、「どこへ相談すればいいかわからなかった」というデザイナーたちは少なくなかったという。
かつて世界的な彫刻家イサム・ノグチ氏もアトリエを構えていたこの産地は、多くのアーティストにとって特別な場所でもあり、喜んで参加してくれたのだと。
石工職人の技術×デザイナーの感性の融合
もちろん忘れてはいけないのが石工職人の存在。再始動当初は8人だった職人も、一時は5人にまで減少したという。それでも二宮さんは新たに一人ひとりの職人のもとへ足を運び、現在では15人にまで仲間が増えた。
「コンセプトを理解してくれた、確かな腕を持つ仲間が集まってくれました」。
そうして、それぞれ高度な専門技術を持つ、いわば石材のオールスターが「AJI PROJECT」に集まることになる。

国内外のデザイナーから届くデザインやコンセプトを読み解き、「この加工ならこの職人」と振り分けるのも二宮さんの役割。
「私たち職人は、きちんと作ることはできる、でもゼロをイチにする発想はない」と、異なる視点を持つデザイナーへの敬意は忘れない。
だからこそサイズ感や仕上がりのクオリティまで細かく共有しながら、職人それぞれの強みを活かしたものづくりを徹底している。
一方で、当初はデザイナーたちにとって石は未知の素材。木や金属など、ほかの材料と同じ感覚で描かれたデザインも少なくない。そこで職人たちは「できる、できない」を判断し、実現できる加工方法を提案していった。
そうした積み重ねにより、職人たちは「AJI PROJECT」を共につくる表現者となり、デザイナーもまた石の新たな可能性を引き出していった。
互いの専門性を尊重し合う関係こそ「AJI PROJECT」のものづくりの根幹なのかもしれない。

全幅の信頼をおく石工職人の技と誇り

「ここがスタートの場所だから」
そう案内されたのは、久保石材の3代目・久保栄治さんが待つ丁場(ちょうば)と呼ばれる採石場。「AJI PROJECT」を象徴する初期プロダクトのひとつ「ROCK END」の素材となる石が、ここで採石されている。

庭石や建材など大きな石も同時に採石するという久保さん曰く、「発破をしても、必ず欲しい石が出るわけではない。丁場ごとに採れる石が違うし、同じ丁場の中でも1メートルずれるだけで採れる石が全く変わる」という。
「この仕事は半分博打ですよ」。そう笑いながらも、表情には自然と向き合う採石師としての誇りがにじんでいた。
※発破とは、岩盤に火薬を仕掛けて爆破し採石すること。

驚いたのは、採石は「掘って終わりではない」ということ。堀り出された巨石は、重機を使い2トンほどの別の石を何度も落とし、庭石や「ROCK END」などを想定したサイズまで割っていく。さらに小さな石や砂利などと一緒に撹拌し、鋭い角が落とされる。それはもう酷い砂埃の中で作業は続けられ、ようやく「材料」としての姿が整えられていく。そして最後に、大きさごとに選別し、採石師としての久保さんの作業がひと段落する。
端材から生まれたプロダクトというイメージばかりが先行していたが、想像していたよりもはるかに気の遠くなる工程に驚きを隠せないまま、丁場を後にした。



次に向かったのは、創業100年を超える有限会社 島本石材工業。4代目の島本健一郎さんは、先代から引き継いで「ROCK END」の製作を約10年担ってきた職人。
「工程としては少ないんですけどね」と、飄々と話す島本さんの言葉に油断していたが、実際の作業はこちらも想像を超える繊細さだった。

まず重要なのが「石の目利き」だという。自ら丁場へ足を運び、完成形を想像しながら「これはいける、これは難しい」と1時間半ほどかけて見極め、10個ほどの石を持ち帰る。やっかいなのが石に潜む傷で、内部に傷があると加工途中で割れて使えなくなることも少なくないのだそう。



加工に使われるのは、本来は墓石用の切削機。小さな「ROCK END」は機械の力に負けて飛ぶ危険があるため、自作の治具(ジグ)で固定しながら慎重に切削を進めていく。次は研磨機や金槌、ハツリノミに持ち替え、底面のガタつきなどを調整。



一見、真っすぐ綺麗に切れたようでも、切削機の刃の厚みによって、左右をくっつけたときにわずかな段差が生まれてしまう。その違和感を消して自然に見えるよう、何度も細かく叩いて手作業で調整していく。途中、もう完成しているように見えても、島本さんは手を止めない。

そこには切削・研磨師としての美学がにじむ。
「焦っている時は、石が割れたり、爪を叩いたりする。石は、こちらの声を全部聞いているんです」。
雑に扱えば仕上がりにも必ず現れるのだと島本さん。
自然な表情と人工的な面を違和感なくつなぐ、その繊細な仕事に職人の誇りが宿っていた。気づけば、加工がはじまってから優に1時間は経過していた。



石材業界がやらなかったこと「だけ」をやる
デザイナーと石工職人により生み出されたプロダクトに、人々はどこで出会うのか。「石材業界がやらなかったこと『だけ』をやる」という二宮さんのもうひとつの秘策は、新たな市場の開拓だった。
墓石業界から完全に離れ、インテリアやギフト業界の展示会へ積極的に出展。さらに「AJI PROJECT」に関わるかどうかを問わず、産地の若手職人たちに声をかけ、今までとは違う新しい市場があることを知ってもらう機会もつくった。
二宮さんが目指しているのは、蒼島だけが新しい市場を独占することではない。「庵治石」を知ってもらい、産地の存在を知ってもらい、職人たちの未来につなげていくこと。実際に、若い世代の職人から独自出展やインテリア誌掲載の報告を受けることも増え、その広がりを嬉しく感じているという。

「庵治石」の価値を創造する蒼島の未来
世界最高級の花崗岩と称されながら、石材業界の外では知られていない「庵治石」。
「タオルといえば今治、メガネといえば鯖江のように、『石といえば庵治石』と言われるように、価値を創造したい。私の代で成し遂げられなければ、次の世代がやればいい」。
そう語る二宮さんの視線は、さらに先の未来へと向いている。
「AJI PROJECT」の発信をはじめて約5年。国内での認知が広がる中、蒼島が次に見据えるのは海外への展開なのだそう。それはまた別のお話で。

新しい発想をやわらかく受け入れながら、「庵治石」の新しい価値をつくっていく。
冷たく硬いはずの石の中には、デザイナーの自由な感性とともに、石工職人の粘り強い手仕事の痕跡と、未来へつなごうとする熱い鼓動が確かに宿っていた。
- 作り手情報
-
AJI PROJECT 企業名:蒼島
所在地:香川県高松市
創業:令和3年(2021年)
公式HP:
https://aoishima.jp
ブランドHP:
https://www.aji-project.jp
- カートに入りました
- カートを見る








