なぜ、中川政七商店が奈良のまちづくりを?ー工芸再生とまちづくりの関係とはー


中川政七商店創業の地、奈良。1716年に奈良晒の問屋業を始めて以来300有余年、私たちはこの場所で商いを続けています。

中川政七商店ではこれまで、全国各地のつくり手と工芸をベースにしたものづくりに取り組む傍ら、工芸メーカーの再生支援や合同展示会を開催するなど、あらゆる方面から工芸に携わってきました。
 

▲1985年ならまちにオープンした「遊 中川 本店」の様子

そんな中川政七商店はいま、「N.PARK PROJECT(エヌパークプロジェクト)」と名付けた奈良のまちづくりに取り組んでいます。

これは、2021年4月に開業の複合商業施設「鹿猿狐ビルヂング」を拠点とし、経営講座や事業支援、コワーキングスペースの運営などを通じて、改めて奈良に向き合い、まちをよりよいものにするためのプロジェクト。

なぜ、いちメーカーがまちづくりを?
なぜ、誰の頼みでもないのに?

そこには、工芸衰退への大きな危機感がありました。
 

1社だけの経営再建では、産地の衰退がとめられない


中川政七商店ではこれまで「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、全国各地のつくり手とともに、さまざまな暮らしの道具をつくってきました。

また、産地の盛り上がりを牽引する「産地の一番星」をつくるために、波佐見の「マルヒロ」や燕三条の「庖丁工房タダフサ」をはじめとして、工芸メーカーの再生支援にも何十社と携わっています。


▲初の経営再生・マルヒロによる「HASAMI」

しかし1社の経営再建はうまくいっても、工芸全体で見ると、つくり手の減少や経営難による事業縮小は、予想以上に早いスピードで進んでいます。産地全体としての出荷額は、今もなお下降の一途をたどっているのが現実です。

産地の衰退には、工芸が分業で成り立っていることにも原因があります。
 
例えば焼き物の場合、生地をつくる「生地屋」、成形に必要な型をつくる「型屋」、陶磁器を焼く「窯元」は、それぞれにわかれています。

そのため、たとえ窯元だけを経営再建しても、生地屋や型屋が廃業となると、その工芸品自体がつくれなくなり、産地全体が打撃を受けてしまうのです。
 

キーワードは「産業革命」と「産業観光」


そんな中、私たちは「すべての工程が1か所で完結すれば、その産地の衰退を防げるのでは」と考えるようになりました。

先ほど例に挙げた焼き物であれば、産地の一番星である窯元が、自分たちで生地屋や型屋までやってしまおう、ということです。製造工程を統合する新しい産業が実現できれば、工芸の世界に「産業革命」が生まれるはず。

ただし分業をやめ、ものづくりの工程を集約するためには、膨大な投資額も必要。産地の衰退を防ぐためとはいえ、なかなか儲からない工芸の世界では、投資をしても見合わない現実があるのもまた事実です。

では成立させるためにどうするか。
そこで行きついたコンセプトが「産業観光」でした。


これまでは産地に小さな企業が点在していたため、観光に訪れたお客さまがものづくりの現場を一貫して見ることは、なかなか叶いませんでした。

その散り散りになっているものづくりの現場を1か所に集めて、お客さまがいつでも来られるように場を整えておけば、その地のものづくりに触れやすくなり、産業観光が成り立ちます。

つまり製造工程を1つの場に集めることは、その一部の工程が欠けてしまうのを防げるだけでなく、お客さまも招きやすくなります。


▲2017年に中川政七商店も共同開催した産業観光イベント(福井県鯖江市「RENEW」の様子)

百聞は一見に如かず。
普段知ることのないものづくりの様子を覗くことで、さらに愛着が沸いたり、使うたびにその土地の空気や景色を思い返したりと、ものづくりへの興味が一層増していくはず。こうした産業観光がもたらしてくれる、ものづくりへの共感は、私たちにとっても、産地のつくり手にとっても、これ以上なく嬉しいことです。

中川政七商店流「奈良のまちづくり」とは

一方で、ものづくりの場所を1か所にまとめるだけでは、人はわざわざその地に足を運びません。まちを訪れたいと思ってもらうためには、おいしい飲食店や心地よい宿など複数の魅力あるコンテンツがあること、つまりはまちづくりが必要です。

では、それをどのように増やしていくのか。

中川政七商店は、かつて自分たちの経験を活かして各企業の経営再生をしたように、まちづくりにおいても、まずは本拠地である奈良で自分たちがそのモデルケースをつくろうと決意しました。

その拠点として、中川政七商店にとって初となる複合商業施設を2021年4月に開業します。
 

▲2021年4月に奈良にオープン予定の複合商業施設「鹿猿狐ビルヂング」 イメージ図

奈良には千年以上続く伝統工芸「一刀彫」や「奈良筆」をはじめ、中川政七商店でもロングセラーを誇る「かや織」のふきんなど、数多くのものづくりがあります。

そうした工芸とともに個性あふれるお店が集い、その地に行かないと体験できない魅力がたっぷりと詰まったまちをつくりたい。
古の歴史の深さと、おおらかな新しさ。奈良に住まう人も訪れる人も、足を踏みいれた先々で、そこにしかない出会いを楽しめるようなまちになればと思います。

スモールビジネスで奈良を元気にする!

目指すのは、「スモールビジネスで奈良を元気にする!」こと。

スモールビジネスとは、お店や事業を無理に拡大することなく、店主とお客さまが顔を合わせて会話を楽しめるような、昔ながらの小商いのイメージです。


たとえば、2020年に奈良にオープンしたスパイスカレー店「菩薩カリー」では、奈良でカレー店を営みたい若い店主を、中川政七商店がサポート。経営にまつわる計画書や会計の仕組み、ブランディングに関するアドバイスや広報サポートを提供しました。

オープン後は3年で目指した売上目標を2か月で達成し、順調な滑り出しとなりました。


2020年に奈良の川東履物商店からデビューしたヘップサンダルブランド「HEP」。こちらは、熱い志をもつ跡継ぎが、中川政七商店の主催する経営講座を受講したことがきっかけで誕生しました。講座を通じて経営のノウハウやブランドの組み立て方などへの理解を深め、発売後は全国のセレクトショップを中心に人気を博しています。

このような奈良のまちづくりの拠点として、中川政七商店では、初のコワーキングスペース「JIRIN」をならまちにオープン。菩薩カリーやHEPのように「お店を開きたい」「ブランドを立ち上げたい」と考えている方々に、これまで私たちが積み重ねてきた事業のノウハウを提供し、こうしたスモールビジネスがたくさん生まれる環境づくりを目指しています。


奈良には工芸のみならず、人々から愛される奈良公園の鹿や、千年以上昔からこの地を見守ってきた大仏さまなど、長い歴史の中で紡がれてきた魅力がたくさんあります。

そこへさらに、いいお店やいいものが増えていったら、奈良はもっと魅力ある場所に変わるはず。私たちがこれまで取り組んできた経験が、きっと活かせると思うのです。
 

一見すると全く関係がないように思える、工芸と奈良のまちづくり。
しかしそこには、あらゆる方面から工芸を元気にしたいという、私たちの想いがこもっています。

これまでにない方法で、奈良を魅力ある都市にしていきたい。
中川政七商店は、新たな一歩を踏み出しました。

<ご紹介>
中川政七商店による奈良のまちづくり「N.PARK PROJECT」の専用サイトができました。
こちらのサイト内の記事でも、奈良のまちづくりに至った経緯を詳しくお話ししています。

「日本の工芸を元気にする!」からN.PARK PROJECTまでの道のり。 中川政七商店 十三代 中川政七インタビュー(前編)
インタビュー記事はこちら:https://n-park-project.jp/case/nakagawa-masashichi-01





 

鹿猿狐ビルヂング(中川政七商店 奈良本店)特設サイト

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