麻100%のインナーが「ありそうでなかった」理由。老舗ニットメーカー40年の挑戦


着けた瞬間から肌がさらっと気持ちいい。これまでにない麻のインナーが中川政七商店から誕生しました。

名前は「更麻 (さらさ)」。



手がけたのは和歌山にある、とあるニットメーカーです。

「オカザキニットさんがつくるものは他にはない個性があるんです」

工場に向かう道途中、更麻を企画したデザイナーの河田めぐみさんはそう語りました。

麻は本来、吸水速乾性に優れて肌着にぴったりの素材。ですが糸自体にハリがあって柔軟性がないために加工が難しく、これまで麻100%のインナーは世の中にほぼ出てきていませんでした。

それを成し遂げたのが、オカザキニットさん。

しっとりやらわかな質感の生地は、麻特有のカタさがなく、肌にフィットしてよく伸びる。汗ばむ日も冷え込む日も、麻本来の特性が働いて、汗や熱がこもらず肌がさらりと気持ちいい。



毎日変化する環境にもしなやかに応える最高の着心地のインナーは、「更麻」と名付けられました。

今回は、そんな世の中にない麻100%のインナー「更麻」を世に送り出した立役者、オカザキニットさんを訪ねます。

*デザイナー河田さんが企画者視点で語る開発ストーリーも合わせてどうぞ。
「毎日、肌が気持ちいい。呼吸する麻のインナー「更麻」はこうして生まれました」

2019年の夏に起きていたこと


和歌山県和歌山市にある工場を訪れたのは2019年の夏。



2020年春のブランドデビューより半年以上前に、工場はフル稼働で更麻の生地を編んでいました。これには大切な理由があるのですが、それはまた後ほど。

出迎えてくれたのは代表の岡崎明史さんと、息子さんの秀昭さん。

関西有数のニット産地である和歌山市の中でも、オカザキニットさんは麻生地のプロフェッショナルとして知られます。


▲このように筒状に生地を編み立てます


▲代表の岡崎明史さん。ショールームにはこれまで開発してきた生地が所狭しと並びます


「麻をやって来たのは、他がやっていないから。

麻は糸に節があって、伸び縮みしないので編みにくいんです。多くのメーカーは失敗が見えているから手を出しません」

伸縮性の少ない糸を無理に機械にかければすぐに糸が切れてしまう。



ニットの編み方には色々な種類がありますが、中でもインナーによく使われるやわらかな二重組織の生地 (フライス編み) は、麻では編めないとされてきました。

逆に言えば、この難しさを克服できれば、麻本来の給水速乾性を生かした、世の中にない麻のニット生地が生まれる、ということ。

岡崎さんはこの40年、ずっと麻のフライス編みに挑戦し続けてきたそうです。

夢の実現に光が見え始めたのは、2018年、ある糸の加工方法と出会ってから。

「シルクプロテイン加工といって、自然由来の成分を糸に浸透させて、柔軟性を持たせる方法なんです。これをできる会社に出会って、すぐに麻の糸で試そうと思いました」


▲実際の糸


やわらかくなった麻糸を機械に掛け、ずっと成功できなかったフライス編みを試してみたところ…見事に成功。

ちょうどその頃、中川政七商店初のインナーブランド立ち上げを任され、薄手で肌あたりの良い麻のニット生地を探していた河田さんの元に、すぐに生地見本が届けられました。



今度は河田さんがサンプルを作り着用してみると、しっとりとやわらかく繊細な質感。伸びもよく肌がさらりとして気持ちいい。

「これなら、1年を通して着心地のいいインナーが作れる」

こうして、更麻の原型が出来上がりました。

「その時岡崎さんは『たまたまやってみたら編めた』と仰っていましたが、蓄積された技術や経験がなければこういう発想は出ないだろうと思いました」

と河田さんが振り返るように、「できない」とされてきた麻のフライス編みが実現できたのは、岡崎さんの40年間の挑戦があればこそ。


▲実際の更麻の生地


いつも日に1・2回は新しい編み地開発にチャレンジしているそうです。その数、年間400~500にものぼります。

「いま世の中にないもの、よそに編めないものをつくりたいんです。なんでって、“へんこ”だからかな (笑)

特別、機械が変わっているわけじゃないですよ。ただ、新しいものを試したかったら、リスクを全部自分で取る。

例えば染工所に新しいやり方を頼んだら、染めで失敗しても自分で買い取る。それで、なぜ失敗したかを考える。その繰り返しです」

オカザキニットさんのつくるものには他にない個性がある、という河田さんの言葉を思い出しました。

“へんこ”に一途に「できない」に挑み続けてきた姿勢が、つくるものに唯一無二の個性として息づいているのかもしれません。

実は更麻も試作からこの後、新しい困難が待っていました。

試作ではうまくいった編み立てが、量産に入ってみるとうまく行かない。ところどころ糸切れが起きてしまう。


▲このように内側から光を当てて、キズなどがないかチェックします


別の編み方で作った代替生地では、当初のフライス編みの繊細なやわらかさがなく、ついに、2019年春の予定だったブランドデビューは、1年延長することに。

麻のプロであるオカザキニットさんの見解では、原因は時期とのことでした。

試作品はあたたかい季節に編んでいましたが、量産は2019年の春夏のデビューに向け、冬に行っていたのです。

「麻は空気の湿度によって強度に違いが出るため、空気の乾燥している冬季では糸切れが起きやすくなる。湿度の多い時期に編めば、きっとうまくいくはずと考えました」

この読み通り、長梅雨のあけた2019年7月、訪れた工場では繊細なフライス編みの麻生地が順調に編み上がっていました。




「今のうちに、24時間体制で更麻の生地を編んでますよ」

こうして湿潤な夏にしか作れない、素材の特性を最大限に生かした麻100%のインナー「更麻」は、2020年4月にデビューを迎えました。



オカザキニットさんを訪ねてからもうすぐ1年。

また、更麻を編む季節がやって来ます。


<取材協力>
株式会社オカザキニット

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