【宗慎茶ノ湯噺】其の三 卯月 桜餅


現代のライフスタイルに即した新しい茶道の愉しみ方をご提案する、中川政七商店グループの新ブランド「茶論(さろん)」が月一回お届けする「宗慎茶ノ湯噺」。第三回のテーマは五感で春にぴったりな「桜餅」です。


東西で異なる「桜餅」

今年もまた桜の季節を迎えました。皆さんで花見の宴を張るのも楽しいものですが、この 時期に好まれる茶席の菓子、そして茶席を離れても皆さんに愛されるお菓子の一つに、桜餅があります。この桜餅、実は関東と関西で種類が違うことをご存じでしょうか。

関西では、「道明寺」が主流です。これは大阪の道明寺というお寺が保存食として考案した道明寺粉を使って作られた餅菓子で、ぷつぷつと米粒の形が残っているのが特徴です。その多くは中にあんこが入っていますが、あんこなしの道明寺もあります。京都の方ですと、 嵐山の琴きき茶屋「櫻もち」や鶴屋寿「嵐山さ久ら餅」などが有名です。あんこを入れずに、 やわらかな甘さの道明寺製のお餅を塩漬けにした桜の葉で包んでおり、その香りとやさしいお餅の甘さで五感を楽しませてくれます。一方、関東では、隅田川沿いの長命寺の「桜もち」に代表されるように、こしあんをクレープ状の麩の焼きで包み、塩漬けにした桜の葉二、 三枚ではさんだ桜餅の方が馴染み深いようです。桜餅一つ取っても、関東と関西でそれぞれテイストが異なります。



桜の品種の今昔

今日見る桜はずっと昔から存在していたと思われるかもしれませんが、実際は江戸時代 に一気に広がりました。皆さんに馴染みの深い桜といえば染井吉野(ソメイヨシノ)ですが、 これは関東の染井村と吉野村で品種改良を重ねた結果、生み出されたものです。江戸時代に 起こった空前の園芸ブームの中、葉っぱが少なく花だけが枝全体に咲きほこったように見える華やかな桜を作ろうと、染井村と吉野村との村境で誕生した品種です。それぞれの村名の一部をとって、染井吉野という名前が付けられました。

公園などの桜の木が比較的早いタイミングで剪定・植え替えされることがありますが、それには染井吉野という木が品種改良を何度も重ねて誕生した弱い品種のため寿命が短く、 60 年程度で枯れてしまうことが関係しています。人間にも同じことがいえるかもしれませ ん。温室育ちのものは、弱い。かつては、山桜、大山桜、霞桜、大島桜、江戸彼岸桜など日本に数種しかなかった自生する野生種の桜ですが、交配を繰り返すことで数百種類の品種に増えていったということも、ぜひ知っておいていただきたいと思います。



“山笑う”

今私たちが知っている、開花とともに辺り一面が桜の花一色になる景色というのは、はるか昔は存在しませんでした。「久かたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」 や、「見わたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける」など、昔から様々な和歌において桜の咲く美しい風景は詠まれていますが、その頃自生していたのはもっぱら山桜、大島桜、江戸彼岸桜(枝垂れ桜)でした。土手や山全体が桜で埋め尽くされた人工的な景色とは異なり、若葉新芽の吹く中にぽつぽつと咲いた桜が、緑色と桃色の美しいグラデーションを織りなしていました。その様子は、厳しい冬が終わって、冬枯れの野ではなくなった 山がまるで笑っているようなので、”山笑う”と表現されることがあります。自然の中に溶け込んだ桜を、昔の人は美しいと感じていたのでしょう。

江戸時代に浸透したお花見

今のように桜の花の下で宴会をうって、皆が物見遊山に出て楽しむ習慣は、江戸時代中期以降に庶民に浸透したといわれています。特に関東においては、八代将軍暴れん坊将軍 で有名な八代将軍吉宗が、江戸の町人を楽しませるため、かつ緑地帯を作り火事などの災 害に備えるため、飛鳥山や隅田川の土手に桜の木々を植えたことがことの起こりだそうで す。長命寺の桜餅も、当時隅田川沿いの茶店で流行を見せたお花見のお供が、現代まで残っています。

ちなみに、桜餅に使われている葉っぱはすべて大島桜のものです。若葉を摘んでおいて塩漬けにし、翌年以降に食べ始めます。桜餅自体の食べ方も諸説紛々で、葉っぱを付けたまま食べるもよし、葉っぱを外して香りだけ移して食べるもよし、はたまた葉っぱは食べたいけれど硬い筋のところは取りたいという方もいるでしょう。皆さん自由に召し上がっていただくのがまた楽しみの一つでもあります。たとえ目の前に桜の花はなくても、「桜餅」という言葉一つで、桜の花の下で美味しいお菓子を食べているようなイメージを描けるところ が和菓子の面白いところ。桜餅は茶席の高尚なお菓子というよりも、お花見のときに茶店で 食べるような手軽さがありますが、それをあえて茶席に取り入れて野点の風情を楽しむのも、また情緒を感じさせますし、それ自体が見立てといえるのではないでしょうか。


<紹介店舗>※登場順
琴きき茶屋(ことききぢゃや)
京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場1番地
電話 075-861-0184

鶴屋寿(つるやことぶき)
京都府京都市右京区嵯峨天龍寺車道町30
電話 075-862-0860

長命寺桜もち山本や(ちょうめいじさくらもちやまもとや)
東京都墨田区向島 5-1-14
電話 03-3622-3266
 

 

 

木村宗慎(きむら・そうしん)
1976年愛媛県生まれ。茶道家。神戸大学卒業。少年期より茶道を学び、1997年に芳心会を設立。京都・東京で同会稽古場を主宰。その一方で、茶の湯を軸に執筆活動や各種媒体、展覧会などの監修も手がける。また国内外のクリエイターとのコラボレートも多く、様々な角度から茶道の理解と普及に努めている。 2014年から「青花の会」世話人を務め、工芸美術誌『工芸青花』(新潮社刊)の編集にも携わる。現在、同誌編集委員。著書『一日一菓』(新潮社刊)でグルマン世界料理本大賞 Pastry 部門グランプリを受賞のほか、日本博物館協会や中国・国立茶葉博物館などからも顕彰を受ける。他の著書に『利休入門』(新潮社)『茶の湯デザイン』『千利休の功罪。』(ともにCCCメディアハウス)など。日本ペンクラブ会員。日本食文化会議運営委員長。

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