
武井 宗道Soto Takei
- 東京都 | TOKYO
茶の湯の深遠な魅力に心惹かれ、武家茶道の宗家に内弟子として入門。その後、家元より「宗道」の号を授かり、2013年に独立。以来、流派にとらわれることなく、茶の湯を広める活動を展開。現在は生まれ故郷である東京・清澄白河にて、初心者から他流派の方々まで参加しやすい茶会や教室を主催し、茶の湯の魅力を日々伝えている。
清澄白河─古き建物に宿る、現代の茶室
近年、コーヒーの街としてその名を広め、次々と新しいカフェがオープンしている清澄白河。一方でこの街には、相撲部屋や職人の工房が点在し、いまなお下町らしい情緒も色濃く残されています。
そんな街の一角に佇む、築90年を超える集合住宅「清洲寮(きよすりょう)」。1階には個性的で感度の高いショップが並び、清澄白河のランドマーク的存在として知られています。
その建物の一角に、今回お話伺った武井 宗道(たけい そうとう)さんは茶室を構えています。

都心の喧騒を忘れ、炭火を囲む茶室
茶室に足を踏み入れると、炭火のほのかな灯りが迎えてくれる。湯気が静かに立ちのぼり、都会の喧騒を忘れさせてくれる静かな空間が広がります。まるで時間が止まったかのようなひとときが訪れ、心が自然と落ち着きます。

茶室の中を見渡すと、もともとの空間が持つ魅力と、茶室としての機能性や美しさが、絶妙に、そして自然に溶け合っているのがわかります。細部にまで、宗道さんの美意識と工夫が感じられます。
たとえば、竹をあしらい斜めに掛けられた軸。その意匠は、京都の茶室「雲脚(うんきゃく)」から着想を得たものだそうです。もともと備え付けられていた棚には花入れが飾られ、違い棚のような趣を添えています。
炉にもひと工夫あります。床下すぐにコンクリートがあるため、底の浅い置き炉を畳に組み込むかたちにしたそうです。「結果的に釜がよく見えるようになって、お客様にも好評です」と、宗道さんは微笑みます。


誰もが参加しやすい、開かれた茶会
この場所ではどんなお茶会が行われるのでしょうか。
「所作や作法にとらわれず、服装も普段着でかまいません。とにかく気軽に足を運んでいただける雰囲気を大切にしています」と話す宗道さん。
その言葉どおり、彼の茶会は、初めての人でも構えずに参加できるよう配慮されています。

公式サイトには、所要時間や会の流れがわかりやすく記載されており、そのままWeb上で予約も完了。参加のハードルは思いのほか低い。
開催は、平日夜や日曜日など、忙しい人にもやさしいスケジュール。懐紙(かいし)などの道具も不要で、仕事帰りや週末のちょっとした空き時間にふらりと立ち寄ることもできます。
現在は、毎月第3日曜日に行われる月釜「清白(すずしろ)茶会」と、平日夜に不定期で開かれる「夜のお茶会 くれぐれ」が主な催し。最新情報はInstagramで随時更新されており、ふとした思いつきで参加できる手軽さも魅力のひとつです。
下町で育った宗道さんは、自身の茶会を「宵越しの銭は持たない」江戸っ子らしいサッパリした集まりだと表現します。
「訪れた人が“お茶会に来た”という意識を持たず、ただ心地よく過ごして、帰る頃に『そういえば、これってお茶会だったんだ』と思い出してもらえたら嬉しいですね」

お茶の楽しさをシンプルに味わうお稽古
茶道というと、まず思い浮かぶのは、帛紗さばきに代表される繊細な所作や、静かな精神修養の世界かもしれません。実際、伝統的な稽古では、立ち居振る舞いから道具の扱い、そして「わび・さび」の心を深く学ぶ、時間をかけた修練が基本とされています。
そんな中で、宗道先生のお稽古には、どこか風通しの良さがあります。型や段階にこだわりすぎず、何より「茶の湯を楽しむ」ことに焦点を当てています。稽古の中心は、薄茶点前、濃茶点前、そして炉点前の3つ。
伝統を学ぶことは、しばしば「重さ」として捉えられがちですが、宗道先生のお稽古では、それが自然に「楽しさ」へと変わっていきます。そのアプローチが、今、新たな茶道の入り口を開いているのかもしれません。
とくに印象的なのは、初心者へのアプローチ。
「まずはお茶会やお茶事に参加していただくことをおすすめしています」と宗道先生は語ります。
「最初に“最終的なかたち”を知ることで、稽古がどこに向かっているのかがわかり、目的意識を持ちやすくなります。それが継続につながると思っています。茶道の本質は、コミュニケーションを楽しむことだとも考えています。だからまずは、基本のお点前をひとつ覚えていただいて、できるだけ早い段階でお茶会を主催する楽しさを体験してもらうことを大切にしています」
実際、宗道さんの社中(門下生)たちは、年に1~2回、清澄庭園でお点前を披露する茶会を開催しています。学ぶことと披露すること、その両方が、茶の湯の一部として息づいています。

お茶を楽しみながら
続けられることが大切
社中には20代から70代まで、幅広い年齢層の方々が在籍しており、建築やプログラミングなど、理系分野の仕事に携わる方が多く見られます。男女比は女性が約7割、男性が約3割と、女性が多数を占めています。
稽古への参加目的も人それぞれで、お点前をしっかりと学びたい方、お茶そのものを味わいに来る方、また、宗道さんや他のメンバーとの会話を楽しみにしている方など、思い思いの理由で参加されています。
宗道さんはこう語ります。「お茶は一生ものです。お点前を覚えることももちろん大切ですが、それ以上に“楽しんで続けること”が大事なのです。」

流派にとらわれない茶道
宗道さんは、茶会や稽古、さらには座学においても、特定の流派にとらわれない姿勢を大切にしています。各流派の良さを尊重しつつも、その枠に縛られることなく、自由なかたちで茶道の本質を体現しています。
「利休(りきゅう)の時代には流派がまだ存在せず、流派による違いや境目もありませんでした。その時代やそれ以前を紐解いていくと、枠組みを超えた無限の世界が広がっていることに気づかされます」

お茶との出逢い
宗道さんが茶の湯の世界に足を踏み入れたきっかけは、飲食業への関心から始まりました。父親が経営するレストランで、料理や飲み物を提供する楽しさに心惹かれていたものの、次第に「お客様と同じ席で共に食事を楽しむことができない」という現実に気づきます。飲食業ではどうしても、客と提供者の間に距離ができてしまうのです。
その点、お茶の世界には違った魅力がありました。「お茶なら、亭主とお客様が共に時間を過ごし、同じものをいただきながら自然にコミュニケーションが生まれる」――この点に強く惹かれたと言います。
転機となったのは、父親のレストランに御宗家が訪れたこと。この出会いがきっかけで、宗道さんは宗家の門を叩き、茶の湯の道を本格的に歩み始めました。

茶道の奥に潜む、言葉を超えた教え
茶道に出会い、その深さに引き込まれていった宗道さん。
お茶会での一瞬一瞬、例えばお客様の振る舞いや火の勢いなど、その場でしか感じ取れない微細な変化の中に、茶道の本質がひっそりと潜んでいるのだと語ります。
「茶道の所作や作法も、全ての場面でそのまま通用するわけではありません」と宗道さん。あるシーンでは完璧な所作でも、別の状況では不適切になってしまうこともあります。
お茶会では、その場に応じて何が適切かを瞬時に判断し、柔軟に対応する力が求められます。こうした瞬時の判断力こそが、茶道の真髄だと彼は言います。
応用の形は無数にあり、茶人自身が、経験を重ねながら自らその術を見つけ出さねばなりません。
「茶道の教えは、言葉にできる範囲を超えた広がりを持っています。言語化できないからこそ、言葉で教えられる以上の深い気づきを与えてくれるものだと、時を経て実感しました」

自分の人生と重なる、
物語のある道具を求めて
茶道の奥深さのひとつ、「お茶道具」についても宗道さんにお話を伺いました。
「私は、道具と亭主のあいだにある“物語”を大切にしています。というのも、お茶会に来てくださるお客様は、そうしたエピソードを楽しみにしているからです。だからこそ、いつ・どこで・どなたからいただいたかといった、自分の人生に響くようなストーリーのある道具を選ぶことが多いです」
この日、床の間に掛けられていたのは、大徳寺管長だった福本積應老師の「友来(ともきたる)」という掛け軸。春になり暖かくなった頃、茶会を開くと、また友人が訪れます。その友が来た時の喜びを表現した言葉です。「描かれているたぬきのように、朗らかな気持ちでお茶会を楽しみたいですね」と、宗道さんは微笑みます。
さらに、身近なものを茶道具に見立てて楽しむ工夫についても、こんなふうに教えてくれました。「全部の道具が揃っていなくても、普段使っているものにちょっと手を加えれば、立派なお茶道具になります」



お茶には生きる上で必要なものが
すべて入っている
座学で深く学びたい人も、ただお茶を味わう時間を楽しみたい人も、宗道さんの茶道はあらゆる人に門戸を開いています。最後に、これから茶道を始めようとする人へ向けた言葉を伺いました。
「『守破離(しゅはり)』という言葉があります。最初は教わったことを守り、次にそれを破って試し、そして離れてみる。その先で、自分を客観視できるようになることが、『守破離』の『離』ではないかと思っています。自分を冷静に見つめたい時に、お茶をすることは非常に有効だと思います」
「お茶は単なる飲み物ではなく、五感すべてで楽しむものです。お茶には生きる上で必要なものが全部詰まっていて、とても楽しいですよ」
その言葉からは、お茶が持つ奥深さと、お茶が与えてくれる喜びが伝わってきます。

- 武井 宗道Soto Takei
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稽古場:東京都江東区白河1-3-13 清澄寮
https://www.sototakei.com/
@takeisotoお稽古、お茶会、体験に関するお問い合わせは
インスタグラムより